多摩美術大学で学んだデザインと卒業制作の話

多摩美術大学の卒業制作
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僕が通っていた多摩美術大学は世田谷区上野毛に校舎があり、都心部に近いため、他の美大と比べても良い環境が整っていた。

今は学校にパソコンがあるのは当たり前の状態だが、当時の1998年は、インターネットが普及しはじめた頃で、まだパソコンやネット環境が整っている美大は多くはなかった。

そんな中、多摩美術大学にはMacのパソコンが大量に置かれている状態だったのだ。

パソコンを触れた事のない自分にとっては、デジタルな世界は衝撃的でこれからどんな事を学ぶのか胸を躍らせていた。

大学一年生の時は勉強よりも遊びやバイトに夢中になった

でも、大学一年生の時に学んだ事はいまいちパッとしなかった。

授業の内容は予備校で学んでいたことの延長線上にあるようなデッサンやピクトグラムといって非常口のアイコンのようなものを鉛筆で書いたり、テーマを与えられてイラストを描いたりなど手作業で行う事ばかり。

校舎内には最新のパソコンがあるのに、遠目で眺めているだけで、パソコンを使った実技はほとんどやらせてもらえなかった。

さすがに知識としては、当時でもデザインの仕事はパソコンで行うものだという事は知っていたので、なんで今更時代遅れな事ばかりを行っているのだろうと不思議に感じていた。

おそらく、大学一年の時というのは、手作業をメインに感性を磨くのを重視しているからなのかもしれない。

でも、受けている本人としては、何のためにやっているんだろうと疑問に感じ、授業に身が入らず、アルバイトや遊びに夢中になってしまっていた。

大学二年生の時にパソコンをゲットし、パソコンオタクになる

1998年のiMac

大学二年生に入るとようやくパソコンを使った実技の内容が増えてきた。

イラストレーターというソフトを使って地図を作成したり、ロゴを作成するなど、今思い返すと簡単な作業ばかりだが、手作業ではなくパソコンを使ってデザインしていく面白さにドンドンドンドンはまっていった。

もっともっとパソコンを使って作業したいのに、学校の授業だけでは、制作に多くの時間を費やすことができなかったし、いちいち許可を取らないとパソコンを使えなかったので、なけなしのお金をはたいて、自宅用にi-macを購入することにした。

今では信じられない事だが、この頃のappleは業績不振でつぶれそうだったところ、スティーブジョブスが復活して、劇的にmacが変わっていった頃だった。

カラフルでキュートなi-macが家にあって、思う存分パソコンをいじれる環境になってからは、バイトと学校に行っている以外は、寝るまでパソコンをいじり続ける日々が続く事になった。(ほとんどニートだね。笑)

当時ネットで流行っていたのは、ソニーのポストペットとかチャットと呼ばれるもので、ネットを介して世界中の人とやりとりできるというのは衝撃的でインターネットの可能性に強烈な魅力を感じるようにもなっていた。

大学三年生の時には、タイポグラフィーデザインにハマり、オリジナルのフォントを作成し、販売する

 

フォント1000-ブロックライン

大学3年生の時には、多摩美の図書館で手に取った「日本タイポグラフィー年鑑」を見た事がきっかけで、文字デザインの美しさに魅了されていった。

文字の面と線だけでデザインするタイポグラフィーデザインが僕の心を鷲掴みにし、自分もいつかこんなカッコイイデザインを作れるようになりたい!と思うようになっていた。

それからは、コレクターのように、様々なフリーフォントをネットからダウンロードしたり、自分がかっこいい!と思ったロゴを真似してイラストレーターで作ってみたり独自に研究するようになっていった。

そんな中、多摩美術大学には、自らフォントを作っていて本も出版している文字デザイン専門の先生「成沢正信先生」がいらっしゃって、幸運にも先生の授業を受ける事が出来た。

授業が終わってからも直接話を聞きに行ったり、事務所に遊びにいかしてもらったりしていたら、、、

なんと、今度、現役で働いているデザイナーの皆んなでフォント1000というプロジェクトを立ち上げるから「君たちも参加してみないか?」と声をかけて頂いたのだ。

思いもかけない嬉しいお誘いに若干食い気味に「ぜひ、お願いします!!」とフォント1000に参加させてもらう事になった。

フォント1000というプロジェクトは文字を1000文字作れば、文字の部首とそれ以外のパーツを組み合わせて全ての文字を作れるという事で、主要な文字を1000文字だけピックアップしてフォント化するというものだった。

僕は当時、お互い文字デザインにはまっていて、仲良くしていたワダッチという友達がいたので、2人で共同制作する事になった。

最初は興奮してやる気満々でプロジェクトに参加したものの、実際、一文字一文字作成していくというのはかなり大変で、面白さよりも苦痛の方が増していってしまった。

何より、共同作業で作っていったので、同じ書体としてテイストを合わせて作っていくのにかなり苦労した。

どのぐらいの期間で作ったかは忘れてしまったが、かなりの時間と労力を費やしてフォントを作った事にもう、自分でフォントを作成する事に関しては、もう二度とやるものかと思うようになっていた。

一つのデザインのものをじっくり時間をかけて作っていくよりは、いろんなタイプのデザインをたくさん手がけてみたい!と思うようになっていたのだ。

ま、でも、自分が苦労して生み出したフォントは可愛いもので、たまに、使われているところを見かけるととても嬉しい。

もう10年以上経っているというのに、まだ使われているのを見かけるし、今も販売して頂いている。

僕たちが喧嘩をしながら作ったフォント「F1ブロックライン」は良き思い出である。

大学四年の卒業制作時に、パッケージデザインとホームページ制作を行い今後のデザイナーとしての方向性が固まる

 フォント1000のプロジェクトで力尽きてしまった僕は、もっと短時間で色々なデザインを手がけたいと思うようになっていた。

そんな中で興味を持っていたのが、ロゴデザインとパッケージデザインとwebデザインだった。

多摩美で学んでいる人の多くは、ポスターなどの広告デザインに興味を持っていたが、僕は広告の元になるデザインと世界中に情報発信できるwebサイトに強い魅力を感じていた。

だから、大学4年の卒業制作に選んだのは、架空の化粧品会社を立ち上げ、3つの商品ブランドを作ってパッケージデザインを行い、さらに、その3つのブランドの商品を販売するホームページを作成する事にした。

僕が考えた商品ブランドの名前は、全て和風系の化粧品ブランドで以下の3つを考えた。

  • 女性向けの化粧品「AHANE(あはね)」
  • 男性向けの化粧品「粋」
  • ユニセックスの化粧品「あ・うん」。

卒業制作のプレゼンテーションを行った時の先生の評価は結構良く「この作品、化粧品会社に売り込んでみたら」とまで言ってもらえた。

最優秀作品にも選んでもらって結構自信がついたのだが、後で、仲良くしていた助教師に「あれって、ウケを狙ったの?」「アハーン」ってぷぷぷ。って笑われてしまった。

別にウケを狙ったわけではなかったのだが、確かにそうも捉えられる。

「やってしまったな〜。」と思ったが、この卒業制作で作った作品が僕の今後の人生を決める事になる。

→美大4年時の就活「大手から中小デザイン会社への就職活動」へ

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