多摩美術大学に通う大学生の頃【山本 猛】

多摩美術大学
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一浪して多摩美術大学に合格。

これで19歳まで過ごした水戸から離れて東京で生活することになるのか。

憧れの東京生活。
憧れの大学生活。
はじめての一人暮らし。

これからどんな事が起こるのか、
これからの刺激的な日々に胸を躍らせていた。

19年間過ごした実家を離れ、上京する

でも、母も祖母もなんだか寂しそうな感じだった。
もしかしたら、僕にずっと側にいて欲しかったのかもしれない。

僕の事を思って、自分の感情を抑え、
僕の事を今まで応援してくれていたのかな。
と思うとなんだか胸が苦しくなった。

今まで母が外で仕事をしている時は
祖母が僕と兄の面倒を見てくれていた。

ご飯を作ってくれたり、食事のマナーや挨拶、言葉の使い方など色々教わった。

勝気な性格で少しでも反論しようものなら、
すぐに怒って追いかけてくるので、良くコタツの周りを何周もしていた。
今では良い思い出である。

東京で生活する部屋も決まり、
水戸から東京に旅立つ時には、なんだかドラマのように、
母と祖母は僕の事を電車が出発するまで見送ってくれた。

僕はなんだか気恥ずかしかったが、
今までお世話になった感謝を込めて
「今までお世話になりました。ありがとうございました。」
と深々と頭を下げて伝えた。

後で母から聞いたのだが、その時に祖母は
感激して泣いていたそうだ。

鈍行の電車に揺られて水戸から3時間ほど。

最寄りの駅に着いてから10分ほど歩いて
これから生活するアパートに向かっていった。

相変わらず家は貧乏だったので、
月5万円の6畳一間のアパートが限界。

洗濯機は外に置かれ、
お風呂とトイレが一緒のユニットバス。

住む場所は不自由なく暮らせればなんだって良かったので、
十分満足していた。

何より今までした事のない一人暮らしを
東京でできる事にすごくワクワクしながら
アパートまで向かっていった。

だが、意外と最初に過ごした夜はとても寂しいものだった。

外に出れば人はたくさんいるけど、
知っている人は誰もいない。
話す相手もいない。

まだテレビも部屋になかったので、とても静かなものだった。
「なんだか、寂しいもんだな。」
と感じたのが東京生活の始まりだった。

それから、
銀行口座を開設したり、家具や家電、キッチン用具を揃え、
電話をつなげるため、電話の権利を買った。

当時は携帯がなかったので、
家に電話をつなげるのに高額な権利を買う必要があった。
7万円だったかな。
とても高かった印象が未だに残ってる。

多摩美術大学でのキャンパスライフが始まる

一通り生活する際に必要な準備が整い、
多摩美術大学でのキャンパスライフが始まった。

入学式はイマイチ良く覚えていないが、
同じクラスのみんなと会った最初の印象は強烈だった。

非常に個性的な人達ばかりだったのだ。

  • モヒカンで顔中ピアスだらけの人
  • サングラスかけててものすごくワイルドな人
  • 男なのに、ソバージュみたいな髪型してて怪しさを醸し出している人。
  • めちゃめちゃおしゃれな人もいれば、
  • なんだかオタクみたいな人まで

振り幅が大きく、さすが、美大!!
といった感じだった。

果たしてこんな個性的な人達と仲良くなれるのか??
と心配だったが、仲良くなるのは時間の問題だった。

それと、やはり僕にとっての大きな問題は経済的な問題
そうお金がないという事。

大学では奨学金制度というものがあり、
実は高校の時も奨学金を借りていたのだが、大学でも借りる事にした。

そうしなければ、
とても母の収入で僕の生活と
大学の授業料を支払える状態ではなかったからだ。

僕は母子家庭という事もあり、無利息で借りる事が出来た

多摩美術大学に入学してすぐに奨学金の説明会があったので、
参加したら、結構たくさんの人が説明会に参加していた。

これだけ、経済的に苦しんでいる人がいるんだ。
自分だけじゃないんだな。と最初思ったが、

僕みたいな母子家庭などの理由で
経済的に苦しいからといった事ではなく、
ゆとりのある生活を送りたいがために奨学金を借りたい
という思いで説明会に来ている人がほとんどのようだった。

ご両親が健在で仕送りも貰っているのに、
まだお金が必要なのか…。

後で返済する時、苦しい思いをするというのに、
なぜ、目の前の楽をとって、わざわざ自分で自分の首を
締めようとするのか??

正直、理解ができなかった。

でも、後になって起こる金銭トラブルによって、
お金には魔力が宿っている事を十分理解する事になる。

機会があれば、話したいと思う。

多摩美術大学に通っている最中に行ったアルバイトの話

話を戻すと僕の場合、奨学金と仕送りだけでも、
足りなかったので、アルバイトをしながら、大学生活を送る事になった。

  • 居酒屋のランチタイムのバイト
  • 中華料理屋のラインチタイムのバイト
  • ディスカウントショップのレジのバイト
  • ディズニーランドのパレードカーなどを作る造形屋さんのバイト
  • 警備員のバイト
  • デザイン事務所でのバイト

etc…

実にいろいろなアルバイトを経験した。

色々やってみて良く分かったが、
本当に自分は不器用だという事。

興味のない事はとことん、やる気がなく、
お金を稼ぐためだけに働いている状態。

教わった事はすぐに忘れてしまうし、
いかに楽するかしか考えていなかった。

当然、ミスってしまう事が多く、良く怒られていた。

そんな中、自分の存在を役立たせる事が出来たのが
「デザイン事務所」でのバイトだった。

多摩美術大学で学んでいた事をそのまま活かせられたし、
僕のデザインセンスを社長は気に入ってくれていた。

何より、興味のある事だと、仕事に対するモチベーションが高く、
より良いものを仕上げるために努力する事ができた。

自分はデザイナーを目指して美大に通っているのに、
なんで、もっと早くデザイン系のバイト先を探さなかったんだろう。。

と自分の時間の使い方の甘さに激しく後悔もした。

デザイン事務所でのアルバイトの内容は、雑用と言うよりは、
クライアントに提出する仕事を丸々任せられている感じだった。

プロの現場というのはもっと凄いものだと思っていたのだが、
結構簡単なもんだな。

とココでちょっと調子に乗ってしまう事になり、後々苦労する事になる。

ま、でも、この時は仕事が楽しく、
やっぱり自分の天職はデザインの仕事だ!

と自分の将来の仕事が確立された瞬間でもあった!!

→多摩美術大学で学んだデザインの話

 

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